現代坐禅講義---只管打坐への道 [4333025503] :
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現代坐禅講義---只管打坐への道

2,700円

藤田一著◆ 『坐禅をどんなことであれ何かのご利益を得るための手段におとしめないということ、これはやはりとても大事なことです。そうでなければ坐禅が本来持っている無限の価値が、その素晴らしさが、台無しになってしまうからです。求めて得たものは必ずいつか失われます。求めないという豊かな世界をわれわれに開いてくれるのが坐禅なのです。中略 坐禅をしてその見返りに何かを得ようとする、その何かがいかに高尚なものであっても、そういう打算的な凡夫根性で坐禅を自分の方に引っ張り込もうとするところに、坐禅に関するあらゆる間違い、錯誤が生じてくるのです。 実際のところ、自分の役に立てようというつもりで坐禅に関心を持つ人が多いと思います。悩みから救われたい。もう少しましな人間になりたい。波立ってどうしようもないこころを鎮めたい。どんなことにも動じない強いこころを持ちたい。人生の様々な問題を快刀乱麻のごとく解決するような悟りを得たい・・・・・。坐禅をして何か良いものを得よう、手に入れよう、何かの足しにしよう、と思うのは、普通の人間としては至極もっともなことだと思います。それがわれわれ凡夫の抜きがたい習性なのですから。しかしだからこそ、そういう習性から行われるのではない坐禅がわれわれにとって仏からの有難い贈り物となるのです。 そこをガラリと転換するということが坐禅の一番大事な勘所です。 坐禅の功徳は凡夫が相手にされず途方に暮れているまさにそこのところで輝いているのです。 坐禅というのは、それをすることで何かを得て自分が納得し、物足りるという、われわれが日常いつもやっているような功利的な、利己的な、その意味ではまことに人間臭い営み、ではないということです。その路線の延長線上に坐禅を置いてはいけないのです。それと引き換えに何かいいものを得ることができるから坐禅をするといった損得勘定、取引勘定で動くメンタリティそのものをまずすっかり棚上げして、相手にしないで、実践していくのが坐禅だということをあらかじめよく理解して坐禅に向かわなければなりません。』 以上、藤田一照著【現代坐禅講義】より。 この文章の中に「坐禅」という言葉が多く 出てきます。「禅」とは、日常生活の全てを 指すと言われていますから、「坐禅」という言葉を 日常の「仕事」「人間関係」などの現代人の多くが 悩みの原因に変えて読んでみると、その奥にある 新鮮な、こころ晴れ晴れとしたスッキリと 輝く世界に入れるように思います。 とくに、仕事に関してはこの感覚からしか 商売繁盛はないのではないか?!そう確信しております。

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