【魂の脱植民地化】合理的な神秘主義--- 人間の自由の根源を探る [4862280640] :
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【魂の脱植民地化】合理的な神秘主義--- 人間の自由の根源を探る

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安冨 歩著◆最近、心の病に苦しんでいる方、またはそうではなくても、 人間関係にしばられ良い子を演ずることに疲れちゃっている方を よく見かけます。下をむいて暗くなっているうつ。今度はあまりにも 上を向き過ぎている躁。どちらも何か見えないモノにしばられ、 魂が存在しないかのように見える。その何かとはなんだろう? よーく考えてみると、人間が「生きる」というのは、 とても神秘なことですね。ぼくなんかは、ラーメンと酒しか 体に入っていないのに、爪や髪の毛が伸びたりするんです。不思議です。(笑) いままで私たちは、この摩訶不思議な「生きる」という行為を、 理屈で捉えて理解しようとしてきました。目に見えるモノだけを信じるやり方です。 しかし、これもよーく考えみれば、見えないモノがなければ、見えるモノも 存在できないことがわかります。ちょうど陰と陽の関係、コインの裏表の関係と同じです。 それなのに、見えないモノを考えず、置いてきてしまったのが、 今いろいろな心の平常を欠いてきた原因ではないでしょうか。 下記に本文より一部ご紹介しましょう。 『「魂の脱植民地化」研究の一つの方向として私は、既に述べたように、過去の人類の知的遺産のなかに手がかりを求める、という戦略を採用した。このような探索を開始してすぐに、私はそれが、実のところ極めて普遍的な智慧であることを思い知った。 例えば、孔子、仏陀、孟子、エピクロス、龍樹といった、古代の聖なる人々が、同じことを見出し、さまざまな形で語っている。私は未だ詳しく学んでいないので確言できないのだが、旧約聖書の預言者、ゾロアスター、イエス、マホメット、更にはアメリカ大陸の先住民の教訓、インドのヨーガやヴェーダ、老荘思想、仏教の禅の公案、あるいは各種武道の格言などにも、同様の語りが見られる。彼らは一様に、神秘は神秘である、と指摘する。そしてその神秘の働きたる感覚の重要性と、それが教える事実から目を背けぬことの大切さを強調する。当たり前のことに見えるこの指摘は、実のところ極めて難しいことでもある。なぜなら、私たちの目に盲点があるように、私たちの魂にも盲点があるからである。 私たちの魂には、生まれてこの方の様々の悲しくつらい経験から、傷がついてしまっている。何よりも恐ろしいのは、その傷を傷だと認識しえないことである。それは自分に対する裏切りに帰結する。傷が痛んで苦しみ、暴れるならば、それはやがて治癒の過程へと移行する。しかし、傷が傷ではない、と思い込んで、痛みを感じないようにしてしまえば、治癒は起きない。傷は無意識へと沈下し、盲点となって認識を歪め、意識を背後から操作する。 傷がそこに厳然として存在しているというのに、痛みを感じないようにしているだけであるから、本当は痛い。しかし痛みの原因たる傷は、意識から排除されている。それゆえ、意識にのぼってくることに従って世界を理解しようとすると、「痛みの原因」を外部に探し求めることになる。当然ながら、本当の痛みの原因は、盲点の中に入っているので見えない。 そうすると世界は不条理であるように思えてくる。なぜなら原因が見つからないのに痛みだけが、それも「痛み」と認識しえない奇妙な苦痛が、魂を締め付けるからである。私はこれが「不安」の源泉ではないか、と考える。不安から逃げ惑うために、人々はいろいろな行動に駆り立てられる。 いわゆる確実で厳密な真理というものを求めた人々は、特定の種類の「傷」を帯びているのではないか。その傷の隠蔽から生まれる特定の種類の「不安」から、確実性と厳密性への渇望が生まれ、これがいわゆる「科学」や「哲学」を産み出してきたのではないか、と私は思うのである。 この症状は、確かに一見したところ、随分とマシな症状である。ヒトラーをはじめとする大量虐殺者の帯びた傷は、生きとし生けるものの徹底した破壊の衝動に帰結するのであるから、それよりは直接的害悪が遥かに少ないように見える。とはいえ、科学はつまるところ、核兵器・原子力発電といった危険なものを生み出し、それ以外にもさまざまの「便利な物」を作り出すことで、コミュニケーションを歪め、環境を破壊してきた。このような「発明発見」がなければ、ヒトラーやスターリンと言えども、あれほどの大量虐殺を実行することはできなかったであろう。そのように考えるなら、「よりマシな傷」などというものは、ないようにも思える。ヒトラーの遂行したホロコーストと、「才能のある子」が力を合わせて生み出した核戦争と、どちらがよりひどいだろうか。 もしも、魂の傷に「よりマシ」なものなどないとすれば、古代の聖人の教えるように、自らの魂の帯びる傷そのものから目を背けぬように努力し、自らを治癒し、成長させていく以外に、真の智慧に到達する道はない、ということになる。 これが「魂の脱植民地化」の必要性の根拠だと私は考える。』 上記にも書かれているように、私たちはいわゆる「普通」とか「常識」という モノサシは、変えられないモノ、不変のモノだと勘違いしているのです。 「普通」とか「常識」となどというモノは形がない、ただの幻想であると決定してしまえば いいのです。そう出来ないと信じてしまったところから、不必要な「傷」を負ってしまうのでしょう。 気付かないうちに、私たちは世間様から「松葉杖」を持たされているのです。 自分では一人で歩いているつもりでも、しっかりと観察すれば、もう松葉杖なしには、 歩けなくなってしまっている、それを「魂が植民地化」されているというのでしょう。 この本を読んでいただき、もうそろそろその松葉杖を捨てる勇気を持ちましょう。 おせっかいかもしれませんが、【逆のものさし講】でも捨てるお手伝いをしようと思っています。 だってね、心を病んでいる人を見かけると、すごくもったいないなーと思うんです。 最後に、チャップリンの言葉をご紹介して、このおせっかいなお話はおしまいです。 「恐れなければ、人生は素晴らしい。大切なのは、勇気と想像力である」 タテ糸系の読書で、勇気と想像力をがっちりつかみましょうぜ!

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