進みと安らい 新装版---自己の世界 [4865641349] :
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進みと安らい 新装版---自己の世界

3,024円

内山興正著◆この本は、1969年に発売され、当時の知識人を唸らせ、 そして大変な影響を与えたと言われる名著が、この2018年の この時期に新版として復活された、伝説の名著です。 私たち人間の歴史は、「安らい」を得るために進んできました。 例えば、戦国時代に多くの人が苦しんでいる中、信長の天下布武からはじまって、秀吉・家康と 続いて「安らい」を完成させました。そして、西洋列強に植民地になることを怖れ、 明治維新を起こし、一等国を目指し「安らい」を得ました。 そしてまた、敗戦をむかえ経済大国を目指して進み、完成と「安らい」を得て今があります。 その時代時代に、進むべき道がはっきりしています。 そこで今の日本を考えてみたください。 多くの人たちが、「安らい」を得るためにどこを目指し、なにを終着点をして向かって いるのでしょう?  もしかしたら、その終着点は多くの人は見えていないのではないか、そう思ってしまいます。 どこが目的地なのかもわからず、もうスピードで進むバスにみんなで乗っているようなものじゃ ないでしょうか。もしそうだとすると、とても危険なことだといわざるをえません。 この本には、そういったことを少し立ち止まって考える時間を与えてくれて、 私たちが、これから進むべき道の発見に、大きく参考となる一冊でした。 下記に一部本文からご紹介しましょう。 「”この世は無常ではかないゆえに永遠を求めよ”という宗教の磁石の針を、すっかり狂わせてしまうような鉄の山に、近世の歴史は近づいたのでした。つまり近世自然科学の発達がそれです。というのは近世自然科学発達以前は、どれほどの王者の栄華権力といえども、結局は崩れゆくはかないものでしかないということを、われわれは事実、その昔の歴史や廃墟をみることによって痛感することができました。ソロモンの栄華も、藤原の権勢も、平家の奢りも、シーザー、ナポレオンの雄図も、なるほどひとときの間に亡びゆくものでしかない、したがってこの世ははかないものであると、いわゆる無常を痛感することができたのです。 しかし近代自然科学の発達はあきらかにこの無常感をふっとばせるのに充分でした。この世はけっしてハカナイなどとは思えなくなってしまったのです。それどころか昨日を土台にして今日を、今日を土台にして明日を、着々ときずきつつ、その進みのみを経験するようになりました。進みもなるほど無常の一面ではありますが、もはや近代人は自然科学的真理を、厳然たる事実において確保するようになったので、これを土台にした「進み」の面だけをみて、「凋落や亡びの無常」「人間の無力さ」を感ずる必要はなくなってしまったのです。 近代自然科学はいうまでもなく、宗教的永遠とは無関係な世俗文明であるわけですが、この世俗文明たるや、Aなる人の研究がBなる人の研究に役にたち、そのBの研究がさらにCの研究に役立つというふうにつみあげつつ、たとえ今日失敗しても、明日はその失敗を参考にし、これを訂正しつつ成功するというふうに、人類全体の自然科学文明はどこまでも伸びてゆきます。しかもその研究たるやけっして行きっぱなしではなく、計画通り、予想通り月までいって月からのおみやげまでもってかえってくるという効果をあげて、つまり実証的成果をもって、われわれの感覚に訴えるのです。 もはやこうなってはハカナイどころか、われわれとしてはそのみごとな「ツミアゲ」と「進み」とを驚嘆しないわけにはゆかなくなりました。そしてこのようなわれわれの耳目にじじつ実証してみせる世俗文明の成果をまえにして、「この世はハカナイ」ということを前提として「永遠を指示しようとする」宗教の磁石の針がすっかり狂ってしまったことは、ちょっと無理からぬところがあります。つまりいまの自然科学は「昔の宗教のことばは信ずべからず」ということを、実証という「目でみえ、手でつかみうる成果」において、われわれに示してくれているのですから。 若い世代の人たちが、宗教とはすべて前世紀の遺物だとおもい、この世代の人々を地盤にもつ世俗的自然科学文明が、たちまちにして倨傲(きょごう)になってしまった所以はそこにあります。年老いた仏教、キリスト教は、この近代という若者のやりっぷりにみごとへこまされて黙ってしまった観があります。そこで老人たちは口をつぐんでしまうし、この若者は意気揚々と「われこそは最終決定版の文明だ」と思いきり羽をのばしてスピードをかけはじめたのでした。 ところがいけません。この世俗的自然科学文明のやりっぷりは、やはりたんにニキビ面のマッハ族の暴走文明でしかなかったことが、今や明らかとなってしまいました。この暴走文明を、このまま暴走させるならば、それが結局無方向のものでしかないゆえに、われわれ地球一家はみなキチガイとなって破滅するよりほかはありますまい。 ではいったいわれわれとしては、今やいかなる文明を期待すべきか。 もはや老々の境にはいった仏教、キリスト教をいまさらもちだしてみても、あいかわらず「この世はハカナク、人間は無力だ」ぐらいの老いの繰り言をいうにちがいないし、それをきいただけで現代人はウンザリしてしまうでしょう。とすると結局この科学文明の巨大な推進力の永遠の方向を指示する、真の主人公を確認することは、だれでもない、いまの時代のわれわれ自身に課せられた緊急重大なる課題だといわざるをえないのではないでしょうか。」 いかがでしょう。ぼくが「一人庶民革命」をしようと叫んでいる理由、わかってもらえたでしょうか。 今朝ほど、スマホで誰かと話しながらドクスメ店内に入って来て、 ずーっとしゃべりながら、店内をうろうろして、しばらくしてまた話しながら 店を出て行った若者がおりました。なんだか寂しいような見下されたような気分です。 ぼくのことは全く無視で、ロボットか自動販売機だかに見えているのかもしれません。 機会技術の発展は素晴らしいものだと思います。しかし、その技術だけが進み、 肝心の人間の心や気遣いや思いやりなどを置いてけぼりにしていては、 猛スピードで走るバスは、カーブを曲がりきれずに崖にまっさかさまに落下。 または、坂道の途中でガソリンが無くなり、エンジンが停止して、これもまっさかさまに落下。 こんなことが現実に起きてしまうかもしれません。 この50年前に出版された名著に、発売当時の人がそうだったように 大きなショックと影響を受けてみてはいかがでしょう。 少なくともぼくはかなりの刺激を受けましたよ。

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