禅と哲学のあいだ〜実は、”例の「あの本」”はこの本でした! [4333027811] :
読書のすすめ    カートを見る      

禅と哲学のあいだ〜実は、”例の「あの本」”はこの本でした!

2,160円

形山睡峰著◆ずっと、清水店長の「”例の「あの本」”」としてご紹介していたのは、こちらの『禅と哲学のあいだ〜平等は差別をもって現れる』という本です。ずっと内緒にしていてごめんなさい!(笑)今、”例の「あの本」ツー”としてセットでおすすめの『新版 武士道』も大量入荷したので、「”例の「あの本」”」の書名を公開しました。今、清水店長が毎日読み続け、一番イチオシの魂のおすすめ2冊をお見逃しなく!→「ある本に下記のようなことが書かれていました。とりあえず読んでみよう。「どんな物も、何の支えもなくて単独で存在しうることは決してない。すべて、その物が存在するための、拠るべき支えがあって成り立ってきたのである。ところが、こんな当たり前の事実に気づかないで、己一人の力で生きたようにいう者がある。それで、「だれに迷惑をかけたわけではないから」などといって、自分勝手な行為を正当化している。考える力が失われているとしかいいようがない。前に、携帯電話の画面を見ることに夢中になっている者は、ひたすら「我」を忘れることに努めているのだと書いた。ところが、「その見方は誤っている。今の人たちは新しい情報に触れることで、より優れた者になろうとしているのだ」と評する人があった。携帯の情報など、情報といえるようなものではない。膨大な情報の一部を断片的に載せているだけのものである。むしろ、そんな細切れの情報を見て、社会や人間のことを知ったつもりになっていることの方が危うい。いよいよ考えなくなっているだけである。このことは、彼らに質問してみればすぐに分かる。情報の中身については何も知らない者が大半なのである。だれでも簡単に情報が手に入るに慣れて、感性も情緒も単純化されているようにみえる。情報を得るだけで、考えることがなければ、それは人間ではない。人間は、考えることで他の生物との違いを証してきた者だからである。」『禅と哲学のあいだ』より―物事を見通す確かな判断力。それが見識というやつである。いま、もっとも私たちに必要なのが「見識」ではないだろうか。「見識」は磨くという。今の嘘くさい世の中から出てきた「常識」というやつは、ほとんど嘘っぽい。(笑)そういう常識をガリガリと捨て去ることでのみ、見識は得られる。マスコミが取り上げつくりあげる常識、ネットでささやかれる常識。そんなまやかしに、安易に乗ってしまうことこそが、人間をさらに低俗に向かわせてしまう。今だからこそ、この本を多くの方に強くオススメしたい!」清水克衛ブログ「感性も情緒も単純化されている?」より

カートに入れる:

  • モデル: 4333027811



人情横丁