聞法の用意---怠け心を鋭く指摘し、信を得る歴史的名著復活! [4831887665] :
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聞法の用意---怠け心を鋭く指摘し、信を得る歴史的名著復活!

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蜂屋賢喜代という人物をご存知でしょうか? 私も¥はまったく知らなかったのですが、 どこからともなく、小川選手が「店長、この人が書いた本面白そうですよ」 といって、見つけてきた本が 【聞法の用意 校訂版】蜂屋賢喜代著 もともと、1925年に書かれた本で、今年になって復刻された本でした。 さっそくどんな本かと調べてみたら下記のようなことが 書かれておりました。 「大正から昭和にかけて伝道布教に生涯を捧げた真宗僧侶が、仏道を求める心得を具体的に説いた歴史的名著。怠け心を鋭く指摘し、信心を獲得するまでの具体的な道筋を明らかにする。」 とありました。 さてさて、これは小川選手は興またまた興味深い本を見つけてきたぞと 思い、次の人物を調べてみましたら、 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区のHPに下記のようなことが 掲載されていました。 【 〜 強くなりたいと 常に願うのは 弱い証拠である 〜 蜂屋 賢喜代  人生をスポーツに譬える人がいる。分かり易い話ではあるが、いつの間にか人の値打ちを勝ち負けで計り、勝ち組、負け組なる言葉を生み出した。蜂屋師は「勝つのみが強きにあらず。時には、負けることが強いのである。強いて勝たんとする心、それは弱きがためである」とも教えている。何事にも真面目に対応することは大切であるが、強弱と勝敗と優劣に善悪を割り振り、優越感と劣等感の狭間で一喜一憂し、比較の心の物差しで、他人の値打ちや我が身の値打ちをはかることは悲しいことである。  如来はそんな人間の比較の心を破って、「汝はこれ凡夫なり」と名のり出て下さるのである。その呼び声に頭が下がる時、上でもなければ下でもない、唯凡夫の身に目覚め真の強さを賜るのである。】真宗大谷派(東本願寺)大阪教区 http://www.icho.gr.jp/yomu/kotoba/kotoba-0706 ここまでで、これはこれはと感じ、さっそく読み始めてみました。 1925年に書かれた本ですが、これは今風に改訂されているからでしょう、 実に面白い!付箋をつけながら読んでいたら、ほとんどマークして しまって、マークがそもそもいらないほどです。(笑) 下記にそんな一部をご紹介しましょう。 「求道は聞法となるのです。それについて、聞、思、修ということがあります。第一には聞くのです。智慧のありだけを尽くしてやってきた人生に、安心がなく、歓喜がなく、幸福がなく、一切の苦悩がなくならぬと気づいて、道を新たに求めるならば、自力我慢の方向転換をして、他力救済の道を聞くのであります。 聞くというのは人から聞くのであります、古人からでも今人(こんじん)からでも聞くのであります。耳から聞くばかりが聞くのではありません。眼からも聞くのであります。書物を読むということは、今人や古人から聞くことであります。すなわち聞く方法としては耳から心へと、眼から心へとの、二方法があるのであります。」 どなたかの講演でも、読書に向き合う態度でも、まずは真剣に批評せず聞いて、 次に思いっ切り思索して、それを実社会に自分の生活に活かしていく。 聞法というのは、聞、思、修を行うことということでしょう。 しかし、私たち現代人によくありがちなのは、自分は善人であり、 知識を持っているという自覚がある人がほんとんどではないでしょうか。 私なんかもそうです。最近は少しはバカになりましたけどね。(笑) しかし、自分は悪人である。そして、凡人であるという意識こそが、 聞法には必要だというんですね。なぜなら、そういう思いがなければ 真剣に学ぼう、聞こう、読書しようという気にならないかななのです。 そして、聞法がどんだけ大事なことなのかを下記のように語ります。 「聞法の坐に出まい出まいとするのは、何等かの予定観念が働くのであって、時間が惜しいとか、解らぬであろうとか、大して得るところはあるまいとか、何とか考えて躊躇するのでありましょう。それは自己のはからい心であります。出れば出ただけ、聴けば聞くだけ、得るところはあるものです。時間をあけてとか、時間があったらとか考えては、聞法はできるものではありません。時間があったらと思いますが、そんな時間は滅多にありません。余った金があったらと考えるようなもので、金以上に時間はなおありません。好きな遊びには時間をつくるように、世間の用事を省略して、用事をかいて聞法をするつもりでなくては、なかなか聞けるものではないと申さるるのであります。世間的の用事についてでさえ、静思反省して、過去と将来を大観する必要があります。自己幸福の大道については如何程も時間をつくるべきであります。生活問題に関して事業や仕事をつとむることは、もちろんせねばならぬことでありますけれども、それのみに昼夜没頭しておる自分が、どうなっているかを静思して、そのために時間をつくる事は重要な事ではありますまいか。 私は人々の上を静かに思いめぐらすとき、手をとって引きずりたい心地がいたします。聞法に時間を費やすことは決してあなたを不幸にはしません。かえって、時間を惜しんで働く以上に、聞法があなたに種々のよきものを、きっと持ち来たすに違いありません。」 私も「予定調和を壊そう」などとよく言いますが、 この世には安心安定などないという完全な真理に立てば、 もしかしたら当たり前のことなのかもしれませんね。 私たちは、ついつい自己のはからいに走りがちです。 しかし、それはもしかしたら真理とは逆の方向に進んでいるかもしれません。 そういうことに気付くために、自ら有名になることを拒み、 知る人ぞ知る蜂屋賢喜代という人物から聞法を真剣にしなければ ならなと、読後実感した次第です。

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