唯識とは何か 「法相二巻抄」を読む---究極の逆のものさし [4393135532] :
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唯識とは何か 「法相二巻抄」を読む---究極の逆のものさし

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横山紘一著◆只今ドクスメでは、東洋の心理学をいわれる「唯識」という考え方が 大流行しています。この本は、その上級編という立ち位置の本ですが、 大学の学生に著者が講義をした講義録ですので、けっして難解ではありません。 そして、「法相二巻抄」というのは、これを書いた鎌倉時代のお坊さん良遍が、 自分のお母さんに唯識を知ってほしくて書き下ろしたものだと言われています。 仏教知識に乏しい母親に説明する本ですから難しいはずがありませんね。 しかし、現代のあやうい”常識”を信じて疑うことが出来ない方には、おのずと 難しいと感じてしまうかもしれません。 「究極の逆のものさし」とうたっておりますが、何が究極なのかと言えば、 ぼくも驚いたのですが、モノの見方が私たちが信じてきたものとは、まったくの真逆なのです。 例えば、自分の目の前にコップがあるとします。それは、自分と離れたところに コップがあると考える。これって当たり前ですよね。しかし、唯識ではその逆が真実 なのだと語るのです。どういうことかというと、コップは自分と離れたところにあるのではなく、自分の心の中にあるのであって、自分の外にモノはない、内にあると断言するのです。コップだけではありません。海も山も壮大な空さえも、外側に存在するのではなく、 自分の心の中にある存在だというのです。ほら、よくわかんなくなってきたでしょ。(笑) しかし、よーく読みすすめていくと確かにそうだと実感できるのです。 コップや山や海や空を人が見る時、それは光の反射として我々の目に写り、 それが網膜を通って脳に伝わり、コップだ山だ海だ空だと認識するのですよね。 たとえば、目がまったく見えない方は、目の前にコップがあってもその存在は 無いのと等しいのです。そういった、モノの見方が真実だと宣言しているのが、 唯識という考え方なのです。試しに唯識的見方で先程外を眺めてみましたら、 普段とはまったく違う世界に来たような新鮮な感覚を持ちました。 そもそも体と心を分けて考えてみると、体は時間と空間にしばられる三次元の世界で 存在しています。ゆえに地球は行動の星といわれる所以です。しかし、心は 時間空間にはしばられない四次元の世界に存在しています。私たちは「心」という 名前を付けてしまったので、「心」を手に取れる物質だと勘違いしてしまっています。 この勘違いは実にもったいないことですよね。 量子コンピューターの実用化が大きく進んでいるようです。 これによって人工知能の発展が急速に進むのでしょう。私たちは、いままで経験したことのない”すごい道具”を間もなく手に入れることになります。 しかし、どんなにAIが進んでも、「唯識」という概念がみんなの共有する常識と なったとき、AIとの共生が生まれると思います。そうでなければ、AIという 道具の奴隷になるのは目に見えているといっていいのでしょう。 形の無い「心」は、時空を超える無限の存在だということをこの「唯識とは何か?」 という問いからはじめてみましょう。

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