小泉八雲『心』---日本の内面生活がこだまする暗示的諸編 [4309024349] :
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小泉八雲『心』---日本の内面生活がこだまする暗示的諸編

2,592円

ラフカディオ・ハーン 平川祐弘著◆この本は、ご存知、「小泉八雲」ことラフカディオ・ハーンが、 日清戦争の勝利に沸く時代の、日本の庶民の観察によって書かれた 「日本人とは?」という問いのエッセイ集です。 「大きい声で、自分の正しさを主義主張する人間を簡単に 信じてはいけないよ。それは自分に自信のない嘘つきがとる 野暮な行為だからだ。」 この言葉は亡くなった親父の言葉の一つです。 これは今でもわたくしの心の中にしっかりと 息づいているのだと思います。そんなことを思い出させてくれた 文章がこの本の中にくっきりと書かれていました。 「公共の乗り物の中で、眠気をおぼえたからといって 横になれないとき、日本の女はこっくりし始める前に 着物の長い袂を顔の前にあげる。 この二等車両には三人の女が並んで居眠りしているが、 いずれも左の袂で顔を隠し、汽車の振動にあわせて 一緒に揺れていて、ゆるやかな流れに浮かぶ三輪の 蓮の花のようである(左手の袖を使うのは偶然か本能的な ものか、おそらく後者だろう。がたんと揺れた際に右手の 方がつり革や座席につかまりやすいからである)。 このような光景は美しくもあり妙でもあるが、ことのほか 美しいのは、そこに日本の垢抜けた婦人が身につけている 淑やかさがよく示されているからである。 その立ち居振る舞いはいつもこの上なく上品でおよそ 利己的なところがない。 だかそれはまた痛ましくもある。袖で顔を隠すのは悲しみの しぐさであり、ときには切ない祈りのしぐさでもあるからだ。 こうした振る舞いはひとえにふだんの躾のせいで、世間には もっぱら幸せな顔のみ示すべきだという感覚が染み込んでいるのである。」 なんと上品で粋なしぐさなのでしょう! 近頃は電車の中でこのような光景はすっかり姿を 消してしまいましたね。だから明治の時代がいいと言いたい のではありません。ただ、これがかつての日本人の 情の文化であって、いまこうなっていないのは、もしかしたら 何かに洗脳され、粋なしぐさが野暮だとひっくり返ってしまったのなら 日本人としてとても”もったいない”ことなのではないかと、 みなさんに問いたいのです。 そして、小泉八雲は 「このことが私にある体験を思い出させる。」 といって文章が続きます。 「私の家に長く働いていた下男は、これほど幸せな人はいない という風な男だった。 話しかければ、必ずいつもほがらかに笑い、嬉々として 仕事にはげみ、この世の小さな面倒事などなにも知らぬという 様子であった。 ところがある日、その場に誰もいないと思っているときの下男を たまたま見てしまい、緊張が解かれていたその顔に私はびっくりした。 ふだん私が見慣れた顔ではなかった。苦しみや怒りの険しい筋が ありありと浮かび、二十歳は老けて見えた。 静かに咳払いをして私は自分がいることを伝えた。 途端に下男の顔は滑らかに穏やかに明るくなり、奇跡が生じたかの ように若返った。 実際、利己的に振る舞うまいとする絶えざる無心の自己抑制が生んだ奇跡である。」 ”恥の文化”とよくいわれますが、今一つその意味に ピンとこなかったのですが、ここに書かれている下男の顔を 頭の中で描写するとき、私にもありありと彼の悲しみ、そして 人一人の正直に生きることの寡黙な人生の尊さが一瞬で 伝わってまいりました。 「大きい声で、自分の正しさを主義主張する人間」を 最近我がニッポンではよく見かけるようになりましたね。 選挙の時期だからでしょうか。新聞やテレビを見ても、 たまにネットをのぞいてみても、誰も信じられないと 感じてしまう病気に陥ってしまいました。(笑) 「日本人のそもそも論」が満載のこの本から、 受け取ることはかなり多そうですぜ。 また、訳がとっても上手で、気どったところがなく、 時に、くすっと笑って読めるすご訳です。是非、ご一読なさってください。

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